第三話 別の生き物に変わっている

 タオツキがオキヒにやられた傷はすぐに治るものではなかった。だが、ようやく不自由なく動けるくらいに回復したため、墓を暴いて一軒ずつ村人の竪穴住居いえを訪れることができていた。頭の中から止むことなく、仲間を増やせと声がする。思考にはずっともやがかかっている。いつから?わからない。目の前にいる村人にまたとがったむちの先端を刺す。恐怖に歪む村人の顔。これは誰だっただろう?見慣れた風景の一部のような。何か思い出せそうな気もするが、タオツキの右手から生えた鞭は躊躇ためらいなく村人を突き刺す。
「……タオツキ……なんで……」
 村人は崩折くずおれる。村人の言葉がざらざらと心に引っかかる。
「……タ……タ、オツ、キ……?」
 タオツキの声は動くもののいなくなった竪穴住居いえの中で空回からまわる。ひどく馴染なじむその単語は、なんだったろう。ここにもう人はいない、獲物を探せと声がする。タオツキはその言葉に逆らえない。

 ウチナリが子ども四人を引き連れて村長宅を訪れると、村長の夫のタカハが出迎えた。
「来たか、ウチナリ。着いてそうそう悪いが、頼みがある」
 タカハは竪穴住居いえではなく、敷地内の高床倉庫から降りてきた。すでに十人以上の村人たちが高床倉庫におり、不安げに辺りを見回している。別の高床倉庫にも村人たちが避難してきているようだった。
「親父、先に報告がある。生き返ったマシリに襲われた」
 村はすでに、まごついていたら手遅れになってしまうような危機に陥っている。
「ああ、聞いてる。他にもそんな証言をいくつかな。だが、それだけじゃない。狼に襲われたわけでもないのに正気を失って仲間を襲ってるやつもいる。だから急いで村人たちをここに集めているところだ。ワケノは畑の方から、オトヤとアズサは谷の方から一軒一軒回って避難を呼びかけてる。お前も谷の方から回ってくれ。それと、狂った奴らは、縛り上げてそこら辺に転がしといてくれたら後で回収しに行く」
 オトヤとアズサは、村長夫妻に手ほどきを受けていたのでウチナリにとって弟弟子おとうとでし妹弟子いもうとでしに当たる。二人は狩人を生業なりわいとしていた。狼に襲われた日も村長夫妻とともに狩りに出ていたため、狼の襲撃に間に合わなかったが、村の中の強力な戦力だった。
「あの」
 ウチナリが連れてきたヨサリが割って入る。
「お父さんとお母さんが変になっちゃった。……大丈夫だよね?」
 ヨハとヤトビもタカハを見つめる。タカハは子どもたちを見返す。
「約束はできん。できるだけ助けられるよう、努力する」
 タカハは苦しげに、しかし誠実に答える。子どもたちの顔は不安げに曇ったままだ。
「親父、ちょっと」
 そんな子どもたちには聞かれないよう、ウチナリが声を潜めてタカハに近づく。
「親父は、おかしくなった人を見たか?」
「ああ、見た」
 タカハも小声で答える。
「あれがまだ人だと思うか?戦ったけど、まるで痛みを感じているようには見えなかった。斬りつけても、腕を飛ばしても動いているアレは、同じ人とは思えない」
 今まで生きてきて、首を落とすまで逃げもせず向かってくる生き物を見たことがなかった。
「……そうだな」
 タカハも狂った村人を相手にして、別の生き物に変わっていると感じていた。
「あれを相手に捕まえる、なんてのはこっちの身が持たない」
「わかってる。自分の命を優先してくれ。もし余裕があるなら、動けないようにしてくれると助かる」
「……わかった。余裕があったらそうする」
「頼む」
「うん、じゃあ行ってくる」
 ウチナリは小走りに村長宅を後にした。一軒一軒、竪穴住居いえを回る。すでにオトヤとアズサが確認しているだろうから、見逃しがないか軽くのぞくにとどめ、次へ急ぐ。
 走っていると、叫び声が聞こえてきた。おそらくオトヤとアズサだろう。二人は村人三人を背にかばいながら戦っていた。オトヤが矛で牽制し、アズサは後ろから矢で援護している。十人くらいの村人に襲われているようだ。ウチナリは速度を上げた。
「アズサ、今は矢をつな!」
 ウチナリは襲っている村人たちの後ろから奇襲を仕掛ける。右手に矛、左手に剣を持ち、背中を斬りつけていく。とどめは刺さず、オトヤたちとの合流を優先する。襲っている村人たちは混乱した。守られていたのはツグノさんとその両親だった。
『ウチナリさん!』
 オトヤとアズサの声が重なる。
「助かりました、正直厳しかったです。どんどん増えてくから」
 オトヤが笑う。
「笑えるなら大丈夫だ。もう死んでるやつは誰だ?」
「ああ、くるびとですね」
 村では生き返った人間のことを狂い人と呼んでいた。
「狂い人か、なるほどな。で、誰だ?」
「モウヒさんとトサラさん、レンキさん以外は死んだ狂い人ですよ」
 いま襲ってきている村人のうち、モウヒとレンキとトサラ以外の村人はオトヤとアズサが埋葬していた。モウヒとレンキは他の狂い人に比べて貫頭衣ふくが土で汚れていない。甕棺かめかんの中には亡くなった人を入れた後、土を被せて埋葬している。狂い人になって這い出すときに土で汚れると考えられた。
「そうか。トサラさんは俺が埋葬した。モウヒさんとレンキさん以外はとどめを刺そう。オトヤ、行くぞ。アズサ、援護頼む!」
 オトヤとアズサはそれぞれ返事をする。ウチナリは村人の首を一閃、体をモウヒに向かって蹴り飛ばして追いやる。オトヤもアズサの矢で動きを鈍らせた村人の鳩尾みぞおちを矛で突き刺す。
 それほど時間をかけずモウヒとレンキ以外の村人にとどめを刺した。
「さて、どうやって動けなくするかな」
「器用に指を動かすことはできなさそうなので、縛るのはどうですか?」
 アズサが提案する。
「縄とか蔓とか、そこらへんにあるか?」
 ウチナリが全員に向けて尋ねる。
竪穴住居いえから縄とってくるよ。ちょっと待ってて」
 守られていたツグノが竪穴住居へ向かう。
「ありがとう、ツグノさん。オトヤ、ついてけ」
 ツグノが用意した縄を使って、モウヒとレンキの手足を縛り、ツグノの竪穴住居いえに隠す。万が一、別の狂い人に縄をほどかれても面倒だ。
「オトヤ、ツグノさんたちを村長の家まで連れてってくれ。俺とアズサは先に進む」

 狂い人を引き連れたタオツキは不快感を感じていた。先ほどから押し入ってもから竪穴住居いえばかりだった。これでは仲間を増やせない。それは誰の望みだろう?という疑問が頭をもたげたが、不快感がまさった。
「ああああああああああぁ!」
 怒りにまかせて叫び、竪穴住居いえを鞭で斬り裂く。タオツキが増やした狂い人には、離れていても命令できた。タオツキは、仲間たちに散らばって人を探すよう命じる。寝静まった夜更けの隙を突いたのだ。そう遠くまで逃げられるはずがない。

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