第九話 挑戦

 ヤネリのタルケに対するわだかまりは完全になくなったわけではなかったが、はたから見れば元通りの関係に戻ったように見えた。狂い人の襲撃から一年が過ぎ、ヤネリは六歳、ナギは七歳になった。タルケも顔はまだ少し幼いが、大きさは狼の成獣と変わらないほどになっていた。
 ワケノとタカハは、ヤネリとナギとタルケだけで狩りに挑戦させてみることにした。それまで一緒に連れて行くことはあったが、ヤネリとナギの体力がついてきたことと、タルケの成長に目をみはるものがあったので、大きな問題は起きないだろうと判断していた。
「そういうわけだから、狩りに行ってもらおうと思ってな。行けそうか?」
 ワケノが尋ねると、ヤネリとナギは顔を見合わせる。
「ぼくはいいよ」
 ヤネリが即答する。
「私も。タルケは?」
「問題ないよ」
 次の日の朝から子どもたちとタルケだけで狩りへ行くことになった。ワケノとタカハに見送られ、一行は狩りへ出かける。先導するのはヤネリとナギだった。タルケはすでに一匹だけで狩りができるようになっていたので、ヤネリとナギの指示で動くだけにとどめていた。
 タカマ山でのタルケの存在感は日増しに大きくなっている。山頂にえられた千里勾玉せんりのまがたまの管理者であり、成長するにつれてタカマ山の主としての実力がついてきていた。タルケから漏れ出る覇気だけで山の獣を萎縮いしゅくさせてしまう。だからタルケはできるだけ気配を消すようにしていた。
 タルケは二人の指示に従い、一匹の兎を追い立てる。追い立てられた兎を狙い、ヤネリとナギは異なる場所から弓を射る。ヤネリが放った矢を辛うじて避けた兎は、避けた先を狙ったナギの矢に射抜かれた。
「やった!」
 ナギが喜ぶ。
「惜しかったな、ヤネリ」
 そうつぶやいたのは、子どもたちを心配して離れたところから見守っていたウチナリだった。ヤネリから狩りの話を聞いて、隠れてついていくことを決めていた。タルケは匂いでウチナリが来ていることに気づいていたが、何も言わなかった。
「仕事はどうしたんだ、ウチナリ」
 ウチナリに話しかけたのは、やはりついてきていたワケノとタカハだった。もちろんタルケは二人の匂いにも気づいている。
「なんだ来てたのか、もしかして俺の時もいたのか?」
「タオツキとお前のときはタオツキが優秀だったから行かなかったが、お前とオトヤとアズサのときはいたぞ。お前、狩りはそこまで得意じゃなかったからな」
「そうかよ」
 ウチナリは少しねる。
「タオツキと行かせたときも見に行こうとしてただろお前」
 ワケノがタカハに茶々を入れる。
「言うなよワケノ」
「結局あのとき、近くでお前も狩りしてたよな?」
 ワケノの暴露をタカハは無視しようとつとめている。そんなタカハの様子にウチナリは平静なふりをしていたが、ニヤつく顔を隠しきれていなかった。
「……で、どうだ?」
 やはり平静なふりをしているタカハがウチナリに尋ねる。
「いま兎を一匹仕留めたところだよ。っていうか、十にもならない子どもだけで狩りに行かせるなよ」
 森は安全な場所ではない。危険はそこら中に転がっている。
「タルケがいれば大概たいがいのことはなんとかなる。今はもう自分のえさは山に入って獲ってくるからな。ナギが寂しがってるくらいだ」
 もちろんワケノとタカハも危険は承知しているので、いまこうしてここにいる。

 ヤネリが先頭に立ち、なたを振るいながら獣道を進んでいく。ウチナリたちも離れて後を追う。
「ヤネリ、止まって。なんかやばいやつがいる」
 タルケの鼻腔びこうに腐ったようなにおいが届く。幼い頃小さなおりに入れられ、オオシにくくりつけられていたときに散々さんざんいだ嫌なにおいだ。この臭いは忘れられるはずがない。タルケたちに臭いが近づく。一つだけではない。たくさんの臭いに囲まれつつある。タルケは自分だけでは守りきれないかもしれないと考える。
「ナギ、ヤネリ。耳をふさいで」
 タルケの指示に二人は素直に従う。
「ウオォォォォォ!!」
 タルケがえると、臭いの移動は止まった。
「二人とも、逃げるよ」
 タルケに先導され、ヤネリとナギはついていく。タルケの咆哮ほうこうにより周囲の獣たちは威圧されている。ついでに離れて見ていたウチナリたち三人も身体が萎縮いしゅくし動きにくくなった。
「何かあったな。タカハはナギたちに近づいてくれ。私とウチナリで援護する」
 ワケノはそう告げると弓を構える。タカハは剣を抜いて小走りでナギたちを追う。

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