首を刎ね飛ばされた狼の死骸から植物の蔓のようなものが生えている。その狼の場合は、両前足から生えていた。オキヒは、短刀で蔓の先から根本に向かって切断していく。根本に近くなると、黒い樹液のようなものが切断面から染み出し、土の上に滴り落ちる。落ちた黒い液体はゆらゆらと蠢き、液体同士が集まって大きな塊になろうとしていた。
今度は、前足の方を切り裂いてみる。狼は死骸となってから数日以上経過している。通常の死骸であっても、血液が吹き出してくることはない。黒い液体が染み出してくることもなかった。
地面に滴り落ちた黒い液体を壺に入れて蓋をする。それから夕食と実験のために狩っておいた兎を準備する。血抜きしたものとしていないものをそれぞれ木の枝に吊るした。準備は整った。壺の蓋を開け、まずは血抜きした兎に黒い液体を垂らす。黒い液体はそのまま兎の体から滴り落ち、地面で塊を作った。
続けて、血抜きしていない兎に黒い液体を垂らす。すると、黒い液体は兎の傷口から体内に入り込み、兎はぴくぴくと動き始めた。兎の首を刎ねると、兎はまた動かなくなる。動かなくなった兎は念入りに焼く。夕食にするためだ。黒い液体は火に弱いらしかった。
最後に、あらかじめ首を刎ねておき、血が抜けないよう保存していた兎の遺体に黒い液体をかける。この場合、やはり黒い液体は兎の体内には入りこまず、地面に落ちるだけだった。
「あの大きな狼は首を斬られても動いていたが……。額に埋まっていた黒い珠が関係しているのかな。あの珠……御霊玄室に似ていたな。あれも神器なのか?」
オキヒの独り言に答える者はいない。オキヒは気が遠くなるほど長い間、地上を旅している。毎日のように狩りもしているが、死骸が動くなどという現象を目撃したのは今回が初めてだった。首を刎ね飛ばすと動かなくなることから、黒い液体はどうやら死骸の頭に入り込み、体を動かしているようだ。
森を移動する中で、猪や蛇、蜥蜴、鳥などのいろいろな種の動く死骸を見つけることも増えた。
「この黒い液体は、生きているのか?他の生き物に寄生している。集まって大きくなろうとする。……どうやって増えている?」
オキヒはここしばらくは検証に熱中し、退屈を忘れることができていた。
女は樹海と呼んで差し支えのない森の最奥にいた。力の強い獣を探すためだ。狼は惜しかった。だが、実験としては悪くない結果だった。神格が封じられた上に油断していたとは言え、神を相手に深手を追わせることができたのだ。十分だろう。あの狩人の男を完全に支配することができなかったのは想定外だった。人は他の獣に比べて自我が強いということだろうか。人の支配にはもう少し工夫が必要になるだろう。
狩りをしながら様々な獣を見て回る。
ずるり、ずるりという大きなものが這いずる音が女の耳に届く。
その音源を求め、近づいていくと頭の大きさが女の背丈ほどもある大蛇に遭遇した。猪を一頭、丸呑みにしているところである。
「うん、よいぞ。お前にしよう」
女は大蛇の視界に入るよう、正面に回った。かごの中から穢れの入った壺を取り出す。大蛇は頭をもたげ、大きな口を開けた。女を呑み込むつもりである。女は身軽に跳んで木を蹴り、更に高く跳ぶ。自ら蛇の口の中へ飛び込む形になるが、中空で壺の蓋を開け、大蛇の口の中に穢れを注ぐ。大蛇は怯み、動きを止める。女は大蛇の口に入って下顎に降り立ち、さらに穢れを注いでいく。壺が空になると大蛇はふらりと頭をふらつかせ、地面に倒れた。
女は飛び降り、大蛇の様子を観察する。口から泡を吹き出し、痙攣を始めた。やがて痙攣は治まり、しばらく動かなくなったが、目を開けて再び頭をもたげる。女に狙いを定め、食らいつこうとする。女は地面を蹴り、大蛇の頭を避け続ける。的を見失った大蛇は木の幹を齧り取る。大蛇は女の予想を超える速度と力を示した。
「ふふ、なかなかだ。これからの成長に期待しよう」
そのまま逃げ続け、女はその場を去った。
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