第八話 だって子どもでしょー?

 ヤネリは川岸で背中を丸めて座り込み、わかりやすく落ち込んでいた。タルケに八つ当たりしたのはわかっていた。だからそれを止めたタカハも間違っていない。にらみつけたのは筋違いだ。家族を殺したのはタルケではないし、狼の群れが村を襲ったことにまだ小さかったタルケがなんの影響も与えなかっただろうことはわかっていた。だけど感情を制御することができなかった。何も言わずに稽古の途中で飛び出してしまった。ヤネリはため息をく。
「ヤネリー。落ち込んでんなー」
 ヤネリに声をかけたのはウチナリだった。
「先生。仕事はどうしたの?」
 ヤネリの声は重い。
「おぉ、優秀な部下がいるから心配すんな。お前こそ稽古はどうした?」
 ウチナリの工房では、意識を取り戻したオトヤとアズサが手伝いをしていた。鍛冶の腕はそうでもないが、力仕事が得意なのでウチナリの負担は軽くなっていた。
「……さぼった」
 ヤネリはウチナリと目を合わせることができない。
「悩みがあるなら聞くぞ。なんでも言ってみ」
 ウチナリは意識して口調を軽くする。
「……タルケがね。狼なんだって」
「うん」
 ウチナリはとりあえず自分の考えは挟まず、ヤネリの思いを聞くことにした。
「さっちゃんも、ひゅーちゃんも、お父さんも、お母さんもみんな、狼に殺された」
 ヤネリは、まだ瘡蓋かさぶたになっていないり傷に触れたような顔をする。
「うん、そうだな」
 家族ぐるみの付き合いをしていたウチナリにとってもまだえていない傷だ。
「タルケのお母さんは、狼の長だったんだって」
 ヤネリの考えはまとまらない。思いつくままに言葉にしていく。
「そうなのか」
 ウチナリも村の噂は知っていた。だが、真偽のほどはわからないし、たとえそれが本当のことだったとしてもタルケには責任がないと考えているので、確かめようとも思わない。
「そうなんだって。ぼくもね、タルケがみんなを殺したんじゃないってわかってるよ」
「うん」
「でもね、どうしたらいいのかわかんないの」
 ヤネリがタルケをかわいがっていることはウチナリも知っている。噂を知ってタルケへの態度を決めかねているのは今の率直な心情だろう。
「タルケのこと嫌いになったのか?友達なんだろ?」
「嫌いになってないよ。タルケは友達だよ」
 そう即答できるなら、あまり心配することもないのかもしれない。
「うん、そうか……タルケー!なんか言うことあるかー!?」
 ウチナリが振り向くと、タルケとナギが姿を現した。ウチナリのもとへ来て、匂いを辿たどってヤネリのもとへ案内したのはナギを背に乗せたタルケだった。ヤネリとウチナリから離れたところで待っていたが、タルケの耳に二人の声は届いていた。昨日まで優しかったヤネリに敵意を向けられ、タルケも戸惑っていた。
「ヤマク村の人が群れの仲間を殺したから、母様は群れを指揮してヤマク村を襲ったんだよ。あいつは、狼を殺すことを楽しんでたみたいだった。僕も命を狙われたよ。仲間がかばってくれたから逃げることができたけど」
 狂っていたタオツキはオオシの群れを襲い、タルケを殺そうともしていた。
「それは……」
 タルケとヤネリはそれぞれのいた場所が違うだけで、同じ境遇だった。だからヤネリはタルケの気持ちがわかるような気がした。
「タルケは、ヤマク村の人たちが憎くないの?」
 ヤネリは家族を殺した狼を許すことができそうになかった。
「負けたらしょうがない。死ぬだけだよ。母様を殺したやつは許さないけど。でもそうだな。群れを狙って襲ってきたら、許さないかな」
 強いものに負けるのはしょうがないとタルケは考えている。だが、群れの敵には、たとえ敵わなくても立ち向かわなければならない。
「そっか……」
 かつてヤマク村を襲ったのは、タルケのいた群れ全体らしい。タルケの考え方なら、村を襲った狼たちの一員だったタルケを許さなくてもいいということになる。
「でもぼくは、タルケのことを嫌いになりたくない」
 まだ家族を殺されたことについて、自分の中で消化できない。それでもタルケのことだけなら、これからも友達でいたかった。
「ならどうする?」
 ウチナリがヤネリに尋ねる。
「……ごめんなさい、タルケ。八つ当たりしちゃった。許してくれる?」
 ぶつけようのない感情をタルケに向けて叩きつけてしまった。ヤネリはタルケに怒っていたわけではない。
「いいよ。……ヤネリ、傷つけないように注意したけど、腕は大丈夫?」
「うん、傷ついてないよ」
 ヤネリがタルケの首に抱きつくと、ナギがヤネリの頭をでた。
「もー!なっちゃんはぼくのこと子ども扱いしないでよー!」
「だって子どもでしょー?」
 稽古の時からはらはらしながら様子を窺っていたが、ナギはヤネリとタルケが仲直りして安心する。
「なっちゃんだって子どもだよ!」

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