第六話 どうやら見くびっていたみたいだ

 イセイとオキヒは、冥界としてふさわしい土地を求めて探索していた。入口をなくしてしまえば人や獣が侵入しない広い洞窟が適しているだろうとシキから助言を受けていたので、条件に合っているか気を配って辺りを観察する。
 残念ながら、その日は適した場所が見つからないうちに日が落ちてしまった。二柱は野営の準備をすることにして平らな地面を探していると、腐敗臭がただよってくる。
「オキヒ様、これは」
 イセイの警告から間をおかず二柱の背後から、大人二人分の背丈はあろうかという大きな狼が現れた。首が折れているのか、頭が不自然に傾いている。
「大きいね。ミヒルが遭遇したのは、この狼かな?」
 オキヒは出し抜けに現れた異形を目にしても落ち着いている。動く狼の死骸を相手にしていた経験があったことで、こういったものが存在すると知っていたことも大きい。
「肩の辺りに仔狼が囚われています!」
 イセイは狼の肩に木の鞭で作られたような小さなおりがぶら下がっているのを見つけた。檻の中では仔狼が動き回っている。
「助けるのかい?」
「子どもに罪はありませんから」
 オキヒは剣を、イセイは弓を構える。オキヒはホムラとしての、イセイはキサイとしての力をわずかに解放する。神の力を解放しすぎると地上の生き物として認識されなくなり、世界からはじき出されるおそれがあった。イセイの首元で輝き出した魂結勾玉たまむすびのまがたまには、その調整機能がある。
 狼の背から鞭のようなものが何本も伸び、ゆらゆらと揺らめかせていたかと思うと、急激に速度を上げて二柱に襲いかかる。
 「はハハッははハハァははははハハはアハハハはハハハははああハハははぁ!」
 奇声を発し、狼が突進しながら鞭を突き刺してくる。オキヒは飛び退くと同時に剣を振り、数本の鞭が焼け落ちるが、それ以上に狼の背から新たな鞭が伸びる。イセイはそこに向けて矢を放つ。鞭は矢で弾け飛ばされる都度つど、新たにわる。
「イセイ、仔狼の檻を狙って!」
「はい!」
 イセイは連続して檻の周辺に矢を放つ。狼の毛が飛び散り、肉がげる。オキヒは狼の背後に回り込み、鞭を斬り払いながら狼の背に登る。檻は矢を受けて弾け飛んだ狼の肉とともに吹き飛び、左手でオキヒがつかむ。狼の背を蹴って飛び上がると同時に斬りつける。
「ぐおあぁあああぅぅう!」
 全身を炎に包まれた狼は苦しそうに、のたうつ。数瞬の隙ができた。着地したオキヒは間合いを空け、狼に目を向けたまま檻を自分の腰紐にくくりつける。
 狼の体中から鞭が伸びて全身に巻き付き、炎が消える。鞭に覆われ一回ひとまわり肥大化し、狼の外見から遠ざかった獣はオキヒに襲いかかる。オキヒが飛び退すさってさらに間合いを空けると獣は四肢を踏ん張り、頭を振る。頭から数本の鞭が伸びてオキヒが避けるのに合わせて追尾していく。オキヒが剣を一振りすると炎が爆発して広がる。鞭がまとめて焼かれると、それを待っていたかのようにオキヒの足元から四本の鞭が飛び出す。
「っと、危ない!」
 剣の遠心力を利用して地面に突き刺したオキヒは、棒高跳びのように鞭をかわす。イセイは獣に風の矢を放つ。四肢から地面に突き刺した鞭のせいで獣は動くことができない。咄嗟とっさに頭や背中から鞭を伸ばしてとぐろを巻き、矢と体の間にたてを作る。矢は盾を陥没させたが、貫通させることはできなかった。その間にオキヒは態勢を立て直す。
「助かった!」
 そうは言うが、オキヒにはまだ余裕がある。
「良かったです。でも、手強いですね」
 二柱は獣から目を離さず警戒を続ける。
「どうやら見くびっていたみたいだ。ちょっと強めに焼いてみるよ」
 オキヒは剣を鞘に納め、力を溜める。いで、爆発とともに剣を鞘走さやばしらせた。陥没した盾は砕け、獣の本体とともに燃え上がる。オキヒは再び剣を納め、追撃の準備をする。その時、イセイの足元から獣の頭が飛び出し、足に噛みつこうとする。獣は爆発して広がった炎に隠れて首だけ切り離し、頭だけで移動していた。イセイは地面を蹴り、ぎりぎり跳んでかわすことができたが、獣の頭から伸びていた無数の鞭がイセイを捕らえた。
「……このっ!」
 イセイは矢を連続して放つが、千切ちぎれた先から新たに鞭が生え、両腕を縛られてしまう。
「こいつ、頭を切り離せるのか!」
 オキヒはイセイを縛る鞭を狙うが、獣は振り下ろす先にイセイの身体を盾にして対抗する。
「オキヒ様、私のことは構わず、燃やしてしまって下さい!私は平気です!」
 オキヒは表情を引き締め細く息を吐き、剣を振り上げる。

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