第十一話 らしくなってきたな

 ワケノは両手に短剣を装備したアズサと十数人の狂い人を同時に相手取っている。アズサは狂い人となって力は増したが、長所だった速さとすきを見つける洞察力が失われた。以前よりもくみし易い。残りの狂い人の数は多いが、もともと戦いの素人なので、ただ力が強いだけで警戒に値しない。だが村長として十年ヤマク村を育ててきて愛着がある。できるだけ無傷で無力化したかった。
 これまでワケノは、地母神ムスビとして地上の生き物を生み、見守ってきた。だが進化により自分の力を借りずに人という獣が誕生し、役割が終わったことを悟った。地上のことは流れに任せ、神の力は月宮に残して人として地上を放浪してきた。
 今は夫となったタカハが創造神クハラであることをやめて地上に降りてきたときは、やっぱりそうなったか、と少し滑稽こっけいに感じた。わかりやすくてなんだか笑ってしまった。彼は役目や決まりに縛られることを嫌う。地上に興味も持っていた。神としてのクハラは風や水や雲を生み、この世界をムスビとともにはぐくんできた。一緒に旅をするようになったのは運命だったのかもしれない。
 十年前、旅の途中でヤマク村を訪れて世話になっていたが、偶然ぐうぜん隣村が攻めてきたので一蹴したら、なぜか村長になってしまった。そのときに両親を失くしたウチナリという少年と暮らし始めた。タカハが命を救い出したらしい。しばらく塞ぎ込んでいたが、一緒に生活しているうちに徐々に打ち解けていった。成長していく子どもを見るのは意外と楽しい。教えた分だけ変わっていく。
 そんな生活をしているうちに、タカハとの間にナギを身籠みごもった。今まで、神の力で生き物を生んだことはあるが、自分の身体が子どもを身籠ったことに驚いた。その時初めて、自分は神ではなく人になったことを実感した。赤子というのは何もできない。だが日を追うごとに成長していく。小さな手足を動かし泣いているだけだったのが、這いはじめ、立ち上がり、歩き始める。子の成長をずっと見続けていたい。
 自分の身体は年をとらない。永遠に近い時間、地上を放浪してきてわかったことだ。だから人里に長くいることは避けるべきだった。だが、せめてナギが大人になるまではこの村を見守っていたい。ウチナリの未来も見守りたい。長くいると離れがたくなるが村人たちに不審に思われるまで、まだ少しだけ時間は残されている。それまでは自分がこの村を守ろう。そんなふうにワケノは決めていた。
 ワケノはアズサをあしらいながら、次々と狂い人を縛っていく。その合間にウチナリの様子をうかがうとオトヤに首を締められていた。ワケノはオトヤの背後に走り寄り、力任せにオトヤを投げる。
「あとは自分でなんとかしな!」
 人の助けが必要なほどウチナリを軟弱に育てたつもりはない。少し甘やかしてしまったかもしれない。だがてのひらから鞭のようなものを伸ばしたとかいう、にわかに信じられない変化をしたらしいタオツキのことも気になる。どんな不測の事態が起きるかわからなかった。

「おおおおおおおおおおおおお!」
 タカハとタオツキの実力は拮抗きっこうしていた。激しく斬りかかるタカハに対し、タオツキは掌から伸びる鞭で対抗する。鞭はタカハに斬られるよりも早く伸び続けた。だが、手数で勝るタカハが徐々に押し始める。
「タオツキ、俺はお前にそんな戦い方を教えた覚えはねぇぞ!」
 タカハは鞭を斬り飛ばしながらタオツキに迫っていく。
「……う、るさい……。お前、は……誰だ……?」
 タオツキはいらついている。自分に斬り掛かってくるこの男の姿を見ていると、心がざわつく。タオツキ自身、自分で気づいていないが虚ろな目に光が戻り始めていた。
「お前の力はそんなもんじゃねぇ!何年も稽古して、自分の獲物が何だったかも忘れたのか、情けねえ!」
 タオツキの両手の根本から生えた鞭を斬り飛ばし、タカハは左の拳でタオツキの頬を殴り飛ばす。タオツキは倒れ込んで転がった。
「このくらいで倒れてんじゃねえ!五年前に俺からまぐれで一本取ったときより弱くなってんぞ!」
 まだ起き上がらないタオツキの目の前に、タカハは腰に差していた剣を鞘ごと引き抜いてタオツキの目の前に放り投げる。
「取れよ。それがお前の獲物だ」
 タオツキは吸い寄せられるように鞘を握る。立ち上がり、剣を抜く。その構えはタカハによく似ていた。
理由わけのわからないことをほざくな!」
 怒りをぶつけるようにタカハに斬りかかる。だが大振りの斬撃はタカハに軽く弾き返されていく。
「甘い!隙を簡単に見せるな!」
 タオツキの剣は大きく弾かれ、腹にタカハの蹴りを食らう。
「なめるな!」
 蹴りではなく斬りかかることもできたタカハに怒りを覚える。タオツキとタカハは激しく鍔迫つばぜり合う。以前よりも格段に力が強くなったタオツキだが、タカハは対等に渡り合う。底が見えない。タオツキの頭の中から声が響く。
 ……血ヲ分ケ与エロ。眷属ヲ増ヤセ……
「うるさい!俺に命令するな!」
 突然叫びだしたタオツキにタカハが笑いかける。
「大変だな、タオツキ。集中しねえと俺には勝てんぞ」
 意思と関係なく掌から伸びた鞭を、タオツキは自ら斬り落とす。
「望み通り、勝ってやるよ。後悔するなよ」
 鋭い斬撃を小刻みに繰り出す。タカハはそのすべてを受け流していく。
「ようやく、らしくなってきたな」
 タカハは手加減をやめて全力で叩き潰す意思を込め、牙を剥いて笑う。

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