第十二話 あんた一体何者だ?

「タオツキ……?」
 ウチナリのつぶやきに、タオツキはただ不気味に笑うだけだ。周りを三匹の狼にとり囲まれ、一匹の狼がタオツキの背に飛びかかった。
「タオツキ、後ろ!」
 ウチナリの警告を契機に残り二匹の狼もタオツキに飛びかかる。ウチナリが加勢に入ろうと踏み出した途端とたん、タオツキはウチナリがそれまで見たこともない動きを始める。狼に飛びつかれ倒れたかに見えたが、低く前傾したまま走り出し地面に手をついて狼の腹を剣で切り裂く。したたり落ちる血を浴びながら切り裂いた狼の下を潜り抜け、さらに迫る別の狼の爪を紙一重でかわす。その狼の首には躱しざまに突き入れた短刀が刺さっており、タオツキは自分から前のめりに転がる。残った狼から距離を取るためだ。
 村長夫妻から戦うすべを共に学んでいた頃からウチナリはタオツキに敵わなかったが、今の動きは別次元だった。ウチナリも独り立ちしてから腕を上げたつもりだったが、差は明らかに広がっていた。
 残りの一匹は牙をいてうなるだけでその場を動かない。狼の後ろには巣穴があり、仔狼が顔をのぞかせている。守っているのだろう。タオツキは狼を狙って二度三度剣を振り下ろすが、狼は器用に避ける。仔狼の方に標的を変え、巣穴へ剣を突こうと狙いを定めると、狼はタオツキの背中に突進していく。タオツキは回転し、最後の一匹を斬り伏せた。さらに仔狼を斬ろうと巣穴に向き直るのを見てさすがに哀れに思い、引き止めた。仔狼はその隙に巣穴を出て逃げ出す。
「タオツキ、もういいだろう。お前、いきなり姿を消して今までどうしてたんだ?ツグノさんが心配してたぞ。脚はもう治ったのか?……いや、それよりもヤネリとサクを見かけなかったか?」
 ウチナリがタオツキの肩に手を置くと、タオツキは突然斬りかかってきた。ウチナリは自前の剣で受け止める。重い一撃だった。
「……どういうつもりだ、タオツキ。なんとか言え!」
 剣を押し返すが、それでもタオツキは答えない。にやにやとわらったままだ。
「ウチナリくん。この男は正気に見えないよ」
 オキヒの言う通り、狼を斬る姿で薄々感じてはいたが、タオツキは別人になってしまった。つい数日前まで寝たきりだったとも思えない。さらに斬り掛かってくると、オキヒがウチナリの前に出て剣を受け止める。
「随分重いな」
 そうつぶやくと、オキヒはタオツキに猛攻をしかける。嵐のような剣さばきでタオツキに斬りかかるが、すべて剣を狙って打ち込んでいる。タオツキの剣は一撃を受けるたびに欠けていき、ついに根本から折れた。
「……はっ、はアハハハはハハッ、はハアあハッははは」
 タオツキは狂ったようにわらったかと思うと、表情を消した。剣を捨て、右腕をオキヒに向けて伸ばす。タオツキのてのひらから、真っ黒なむちを伸ばしたように見えた。それはとげちりばめられた木の蔓のような形をしており、タオツキの掌から直接生えている。オキヒを目掛けて放たれた鞭はオキヒの剣と右拳に巻き付き、動きを封じる。
「……この男、本当にウチナリくんの村の人?」
 オキヒの問いに、ウチナリは絶句している。ウチナリにも予想外すぎて頭がついていかない。タオツキは左の掌もオキヒに向けた。オキヒは両手で剣を握り直す。ウチナリは困惑したままオキヒの横に並んで剣を構える。
 オキヒが鞭を引っ張るとタオツキの体は反対側へ吹っ飛んでいき、木の幹にぶつかる。間髪かんぱつれずにまた引っ張ると、今度は地面にぶつかる。たまらずタオツキは鞭をほどいた。
 体勢を立て直したタオツキは左右の掌から伸ばした鞭を振るう。ウチナリは鞭を剣で弾き飛ばし、オキヒは鞭を切断しながらタオツキに近づいていく。鞭の断面から黒い樹液のようなものが流れ落ち、その液体は地面でぶるぶると震えていた。
 オキヒはタオツキに剣が届く間合いまで近づくと、両手の掌から生えた鞭を根本から断ち切った。断面からは大量の黒い液体が流れ落ちる。
「ああアアああぁああアあァああアあああ!」
 タオツキの叫びとともに地面に点々と滴り落ちていた黒い液体が|飛沫《しぶき》となってオキヒの背に殺到する。
「オキヒさん!」
 ウチナリは危険をしらせるだけでどうすることもできない。
「ウチナリくん、僕に近づくなよ!」
 オキヒの体が爆発したように見え、離れて立っていたウチナリのもとまで熱風が届く。顔をかばっていた腕を下ろし閉じていた目を開くと、逃げていくタオツキとオキヒの周りで焼け焦げた下草が目に映った。
「オキヒさん、あんた一体何者だ?」
 ウチナリの目の前で信じられないような出来事が立て続けに起こっている。
「まあ、それはおいおいね。それより、子どもを探しに行こう」
 彼らが森を進んでいくと、川のせせらぎが聞こえてくる。まもなく川に辿り着いたが、子どもたちを発見することはできなかった。
「何の痕跡も発見できなかったのは、果たして喜んでいいのかな」
 生きている姿を見るまでは安心することができない。
「どうだろうな。まだなんとも言えない。ヤネリとサクは、水を汲んだら俺の鍛冶場まで運ぼうとしてくれたはずだ。今度はその道を辿ってみよう」
 彼らが鍛冶場までの道を進んでいくと、地面に転がった水桶みずおけを発見した。さらに周囲を探っていると、首から血を流したサクの亡骸なきがらを見つけた。
「……ああぁ、サク……」
 ウチナリはサクに駆け寄り、座り込んで動かなくなった。オキヒはウチナリが少し落ち着くまで待ったほうがいいだろうと判断し、周囲の探索を再開する。狼の死骸を数体見つけた他には、一人分より多い多量の血痕だけ残されていたが、その血の持ち主は見つからなかった。
「サクを村に連れて帰ろう」
 ウチナリはそう告げて、サクを抱きかかえる。立ち直るには時間が足りなすぎたが、まだヤネリが見つかっていない。彼らは押し黙ったまま、再び鍛冶場への道を進んだ。

 オキヒとウチナリが立ち去るのを確認し、隠れていたタオツキは少しだけ警戒を緩める。それからゆらゆらと村へ向かって歩き出した。村人の目や狼の尾行にも注意しながら、自分の家ではなくいつものように村で打ち捨てられた廃屋へ向かう。

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