入校

「いつまでも一般人の気分でいるんじゃねぇぞ、お前らァ!」
 談笑していた学生たちの間に、緊張が走る。ヤクザのような顔つきの男二人が、坊主頭の学生たちをにらみつけている。人の背丈よりも高い石造りの正門に備え付けられた、両開きの鉄製門扉。その重たい扉を支えている車輪が耳障みみざわりな音を立ててきしみ、男たちが姿を現すまで、学生たちは皆晴れやかな笑顔に包まれていた。
「さっさと並べぇ!」
 再び怒号が響き渡り、止まっていた時が再び動き出す。学生たちの前に仁王立ちしている男のうち、若い方は竹刀を持っていた。学生たちは、慌てて横一列に整列する。
「まっすぐ並べ!言われねぇとわかんねぇのか!」
 竹刀が地面に叩きつけられ、鋭く乾いた音が響く。学生たちは素早く左右を確認し、まっすぐに並び直した。
 その耳に、後方から近づいてくる足音が届く。誰もが思った。——生贄いけにえが一人、たどり着いた。
 学生たちは、ここがどういう場所なのか、すでに悟っていた。
「いい度胸だな、お前。初日から遅刻か。そんなんでこれからやっていけるのか、あぁ!?」
 若い男が、遅れてきた学生に詰め寄る。
「すいませんでした!気をつけます!」
 大きなスポーツバッグを肩にかけ、汗だくになった学生が一礼する。走りながら怒号が聞こえていたのだろう。顔面は真っ白で、膝が小刻みに震えていた。
「腕立て五十回!」
「はい!」
 学生は、まばらに芝の生えた地面にバッグを放り、腕立て伏せを始めた。
「掛け声!」
 無言で始めた学生に罵声が飛ぶ。
「はい! 一! 二! 三!⋯⋯」
 若い男が再び学生たちの前に戻ると、中年の男は左端に立っている学生に顔を向けた。
「お前」
「はい!」
「そこに立て」
 中年男が、自分の二メートルほど前を指差した。
「はい!」
 中年の男の前に立った学生は、緊張で指先が震えている。これから何が始まるのか——学生たちは目線だけで、立たされた学生と中年男を追う。
 中年の男は、学生を下から上まで|睨《ね》め上げた。
「靴が汚い。ネクタイも曲がってる。次」
「はい!」
 指摘された学生は列の最後尾に下がり、ティッシュを取り出して靴を磨き始めた。代わって、次の学生が前に出る。整列している学生たちは若い男の視線に晒され、身だしなみを直す余裕すらない。
 平沢聡ひらさわさとしは混乱した頭の中で考える。——とにかく、この場を突破しなければ、校門の中にすら入れないようだ。
 だが、そう悲観することもない。指摘されたことを直せばいい。とはいえ、その先には、さらに難題が待ち受けているだろうことは想像にかたくない。
 どうやら長い一日が始まったようだ。
 平沢は暗澹あんたんとした気分に沈みかける。その心境とは裏腹に、頭上には朝の澄んだ空気とともにさわやかな青空が広がっていた。
「次」
 平沢は現実逃避しかけていたが、状況は待ってくれない。腹に力を込め、
「はい!」
と叫び、中年男の前へと進み出た。

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