十時十五分。学生たちは体育館に移動していた。
 体育館には夏・冬のワイシャツ、制服、活動服、ジャージ、ネクタイ、防寒衣、肩章、階級章、ズボン、制帽、活動帽、警備服、警笛、警笛吊けいてきつひも、手錠、手錠入れ、警棒、警棒ホルスター、ベルト、帯革、帯革留め、短靴たんか、警備靴、耐刃防護衣——と、支給品が種別ごとに整然と並んでいた。とにかく種類が多い。衣類のサイズは、入校前にすでに計測されている。
 五十名を超える学生たちが、教官の指示で三列横隊に整列していた。
「休め。私は須崎正志すざきまさしと言います。剣道と点検教練を担当してます。点検教練というのは、これから配る制服や装備品の乱れ、あるいは不具合がないか確認する訓練のことです。今はピンとこなくても、そのうちわかります」
 須崎は最前列の学生に両腕を広げさせ、前後左右の間隔をとらせていく。指示は手際よく、間断なく続く。全員の位置が整うと、隣り合う学生の顔を覚えるよう命じられた。
 その後、学生たちは自分の名前が貼られた袋や箱を一つずつ手に取り、支給品を受け取っていく。静けさの中にも緊張が漂い、誰も無駄口を叩かず、整然とした動きが続いた。全員の受け取りが終わると、漏れがないか確認が行われ、続けて着装要領の説明が始まった。
 制服と活動服、私服(スーツを指す)着用時は黒色靴下、警備服とジャージ着用時には白色靴下を履くように——という細かすぎる指定に、平沢は思わず〈そこまで決められてるのか……〉と面食らう。
「それでは、残りの時間は支給品を整理する時間にします。寮の洗面台の裏に、個人ロッカーがありますから。自分の名前が貼ってあるロッカーを使うように。あと、服には折り目がついていますから、今日中にアイロンをかけてシワを取ってください。アイロンの数には限りがあるので、譲り合って使ってください。昼食は十一時三十五分です。ジャージに着替えてから、寮と講堂に挟まれた厚生棟の二階、食堂へ向かってください。⋯⋯気をつけ、礼!」
 平沢はメモ帳に「寮と厚生等の間、二階食堂、アイロン」と書き記した。情報の重要性を嫌と言うほど思い知った。ここでは「知りませんでした」は通用しない。些細な情報の有無で評価が決まる世界に入ってしまった。自分の価値は、常に静かに見定められている。気を抜けば、あっという間に置いていかれる。気を張り続けなければ——ここでは生き残れない。
 昼食まで残り四十分ほど。二〜三往復で支給品を運び切れそうだ。平沢は細かくて軽いものを、比較的丈夫そうな衣類の袋にまとめ、支給品を抱えて小走りで寮室を目指す。二往復で支給品をすべて運び終えた。腕時計を確認すると、昼食まで残り二十五分。配布された支給品一覧が書かれた用紙を見て、漏れがないか再確認する。とりあえずジャージに着替えてから荷物整理に取りかかる。宮城県の気温は十月になって涼しくなってきたとはいえ、最高気温はまだ二十度を超えている。緊張の連続で普段より汗をかいたので、下着を替えた。
 警察学校の生活が始まってから数時間しか経過していないが、何日も過ごしたような感覚を覚えた。今日が終わる気がしなかった。
「ほんとまじでなんなんだよここぉ〜」
 間延びした声が聞こえた。
「いやー、厳しいね。これからどうなるんだろうな」
 平沢は少しだけ気を緩めて答える。
「もう帰りてぇ〜。帰らねぇけどぉ」
「早ぇよ。俺、全然余裕。大学の寮の方がきつかった。つうか、お前、名前は?俺、古謝昌徳こじゃまさのり
 平沢は気になって個室のドアから顔を出すと、背は低いが色黒でマッチョ、人懐っこそうな顔でニコニコしている古謝と名乗った学生が中央の丸テーブルに座っていた。
「俺、西島紀章にしじまのりあき。余裕とか信じらんねぇ〜。嘘だろぉ?」
 間延びした声で、西島も顔を出した。全体的に、筋肉質と言うよりは少し太い。なんとなくトドを想像した。
「なんだなんだお前らよぉ。余裕そうじゃねぇか。自己紹介してる暇なんてあると思ってんじゃねぇ〜!」
 勢いよく飛び出してきたのは、衣装ケースを寮室に運び込んでいたときに「やべぇ」を連発していたハスキーボイスのやつだ。体格が良い。警察官だから体格が良いのが平均的なのだろう。平沢は華奢な体つきをしているが、体育会系の生活をしてこなかったので当然だろう。
「ってか、整理終わってねーけど。もう知らねー、怒られてもいい〜。あ、俺綿貫智晴わたぬきともはる。よろ」
 愉快なやつだな。
「自己紹介始まってる?俺は戸嶋航大としまこうだい。半年間よろしく」
 戸嶋は背が高くて姿勢がよく落ち着いているからだろうか、武道家みたいな雰囲気をしている。少しだけ顔を出してまた荷物整理に戻った。
「え〜?みんな早いよ。俺まだ全然荷物整理できてないんだけど。みんな余裕だなあ、ちょっと」
 戸嶋よりも背が高く、細長い学生が顔を出す。早口で落ち着きのない感じだ。
「だから誰だよ。名前わかんねぇよ」
 古謝がツッコむ。きょとんとする学生。
「俺?」
「お前以外いねぇよ」
「広野広野。広野礼ひろのれい。よろしく」
「おぅ。これで全員?」
 また一人、するりと顔をだす。
「ええと、俺は湯澤秀一郎ゆざわしゅういちろうです。みんなよろしく」
 湯澤は平沢より少し背が低く、体の線も細い。
「あ、俺も。さっき衣装ケース運んだときに軽く自己紹介した、平沢聡ひらさわさとしです。よろしく」
「じゃあこっから半年、がんばるべ。あ、個人ロッカーあるってさっきの⋯⋯あいつ、名前なんだっけ」
 古謝に戸嶋が答える。
「須崎だよ」
「そうそう、須崎。見に行かねぇ?ロッカー」
 ぞろぞろと七人で寮室を出ると、右側に玄関と管理人室、向かいに台所、左側に廊下が見えた。台所は扉がなく反対側まで通り抜けられる。台所の左隣にもやはり扉のないスペースがあり、そこからロッカーが覗いていたので移動する。ロッカー室には、軽く両手を伸ばせばつかめるくらいの幅で膝丈くらいの高さの横長ロッカーが縦に二段、その上に縦長のロッカーが二つ設置されている。それと同じロッカーが、向こう側の壁際まで三列並んでいた。四×三で十二人分のロッカーということだ。横長のロッカーは全て両開きのドアで、縦長のロッカーは右開きのドアが一枚ついており、全てのロッカーの鍵穴に鍵が差し込まれている。ネームプレートには名前が書かれており、各々自分のロッカーを確認する。別の部屋の学生たちも荷物整理をしていた。
「えぇ!?俺のロッカー一番下だぁ。かがむの面倒くせぇ」
 西島が間延びした声でさっそく文句を垂らす。
「ラッキー。俺一番上。縦長のほうが使いやすそう。腰も楽だし」
 古謝がニヤリとする。そうこうしていると、
「お前らー。そろそろ時間だから食堂行くぞ」
と廊下からメガネを掛けた背の高い学生がやってきた。別の部屋の学生だろう。
「お、もうそんな時間か。よし、いくべ。おかわりできんのかな」
 そんな感じで、一〇一号室の七人は、食堂へ向かった。

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