ヒルメに通された板張りの広間の中央に鯛や鮑、芋や豆、芹などの汁物、蘇、白米、桃や葡萄などの果物の載った食卓が見える。
「これは豪勢ですね、ありがとうございます」
 ヒルメのもてなしにシラスは恐縮する。
「なに、新しい神の誕生は久しぶりだ。めでたいことだからな。だから、どうせならみんなで祝ってやろうと思って集めておいたぞ」
 そうしてヒルメは隣の客間へ呼びかける。
「今日の主賓が来たぞ!お前たち、宴を始めるぞ!」
 ヒルメの呼びかけで客間で寛いでいた四柱の神が広間に入り、食卓についた。
「新しい神が誕生するというので今日は急な誘いをしてしまったが、応じてくれて感謝している。クハラが神を辞めるというのはまあ、残念だがあいつを止められるムスビももういない。去ってしまった者よりも生まれてくれた者を歓迎しよう」
 そうヒルメが胸を張ると、月神ヒノワが怪訝そうに表情を変える。
「いつも突拍子もないことを言っているお前がまともなことを喋っていると逆に不安になるな。珍しいこともある」
 ヒノワが茶化すとヒルメは片眉を上げる。
「ふん。堅物よりましだろう?お前もたまには面白いことの一つでも言ってみたらどうだ?」
 ヒルメとヒノワの言い争いが始まり、またかと風神イセは出かかったため息を飲み込む。
「ほらほら、宴の席なんだから喧嘩はやめてよ。カギロヒ、ホテリ。お酒を頼む」
 イセの求めに応じて酒の入った徳利を載せたお盆を持ち、二人の女性が広間に入室すると、雲神ミカゴはぴょこんと頭を上げて目を輝かせる。
「あ、私もお酒飲みたい。あとで注ぎに来てね」
 カギロヒとホテリは酒を注いで回ると奥へ引き下がった。ミカゴがおいしそうに坏に注がれた酒を飲む。
「お酒を注いでいたのはどのような神なのですか?」
 カギロヒとホテリの後ろ姿を眺めながらシラスがヒルメに問う。
「あれは神ではない。神人だ。地上で人が生まれてから、月宮にも現れた者たちだ。役に立つので側仕えにしている」
 ヒルメの顔に少しだけ笑みが浮かぶ。
「人はムスビ様が生んだ獣ではないから、人の神は月宮にはいないんだ。地上でムスビ様が生んでいない新種の獣が生まれると、ここにも自然発生するらしい。これもウジ様の意思なのかな」
 ヒルメの説明にうんうん、とシキも頷く。ウジ様と言えば、とヒノワが呟く。
「シキ、最近ウジ様からなにか接触はあったか?」
 ヒノワに問われシキは困り顔に変わる。
「いや。あの方は気まぐれだからね。用事があるときだけ前触れもなく急に姿を現して、要件を言うとすぐに消えてしまう。困った方だよ」
 ため息をつきつつシキは笑う。
「ホムラ様もムスビ様もクハラ様もみんな地上に行ってしまったわね。ウジ様ももしかしたら地上にいるのかしら」
 空になった坏にカギロヒから酌を受けながらミカゴがシキに尋ねる。
「ここと地上は気軽に行き来できないけれどね。ウジ様ならできるのかな?」
 自信なさげにシキは答える。
「ウジ様はなぜシキの前にしか姿を現してくれないのかしら……」
 水神ミツハが不思議がる。
「ウジ様が何を考えているかなんて、想像するだけ無駄だと思うよ」
 シキの表情は目隠しのせいで分かりづらいが、どことなく諦めているように感じる。
「知恵の神なのに考えるのをやめるのか?」
 ヒルメの揶揄に、シキはとくに悪びれることもなく答える。
「ウジ様とホムラ様に関しては、異次元すぎて知恵ではどうにもならないよ」
 歓迎の宴が開かれた数日後。シラスとキサイの二柱のもとにシキが訪れた。
「イセが君たちに頼みたいことがあるらしい。来てほしいそうだから、イセの宮までついてきてもらってもいいかな?」
	
コメント