シキの案内で三柱はイセの住む宮を訪れた。川と森が近く自然が豊かであり、丈の低い草原の中に建てられていた。イセの宮ではあるが、ミツハとミカゴもともに暮らしているとのことだった。
「いらっしゃい!さあ、入って!」
 三柱をミカゴが迎え、廊下を賑やかに先導した。客間に通されると皮の剥かれた梨と冷えた清水、手水(フィンガーボウル)が用意されていた。部屋の隅に神人が控えている。彼女が用意したものだろうか。四柱が客間で待っていると、ほどなくイセとミカゴが現れる。
「待たせたかな。今日はありがとう、少し提案したいことがあってね」
 シラスとキサイは居住まいを正し、イセは滑らかに話し始めた。
「ミカゴが生まれてから、地上の世界はゆっくりと進んでいたんだけどね。最近地上で人が生まれてから、騒がしくなっていると感じるんだ。神人をみていても感じるんだけど、人は今までいた獣に比べると、世界に与える影響が大きい。僕たちは自分の願いを叶えるために、始めから結果を生み出す力があるけれど、人は今あるものを工夫して結果に辿り着く。いままでいた獣に比べると、人はその部分が随分違う。だからね、地上の様子をもっと観察すべきだと思う。地上の変化はここにも影響があるからね。そしてそれを知ることは、月宮の統治に必要なことだと思う」
 そこまで説明するとイセは水を飲む。
「つまり、私たちに地上の様子を見てきてほしいということでしょうか?」
 シラスの問いに何事か考えているらしくイセは曖昧に頷く。
「現状を知っておくという意味では、それもそうなんだけどね。地上の様子を知るための神器を作ってみたんだ。ミツハ、ミカゴ」
『はい、お兄様』
 昨日の宴でも驚いたが、イセは少年の姿をしているので年若いのかと思っていた。意外だがイセはミツハとミカゴの兄ということだった。イセは二柱の妹神に呼びかけるとイセ、ミツハ、ミカゴの三柱はそれぞれ神器を取り出す。イセが取り出したのは二つの勾玉と一つの珠だった。
「まず、僕からはこの勾玉だ。虹色の方は千里勾玉と言って、地上の様子を見渡すことができる。これを地上で一番高い山に置くと、対になったこの珠に見たい景色が映る。朱色の方は御先勾玉で、これは目的地を思い浮かべると、正しい方向へ進んでいるときだけ淡く光る。一番高い山を知らなくても、そこを目指したいと思えば導いてくれる」
 ミツハの前には二枚の鏡が置かれている。
「こちらは千尋水鏡と言います。海の様子を見ることができる神器です。これを地上の一番深い海に置くともう一枚の鏡に海の様子が映ります」
 ミカゴは二柱の説明を聞いていなかったのだろう。取り出した一本の太い縄をぐねぐねといじっていた。イセに肘で突かれる。
「あ、最後は私ね!この縄は千鳥注連縄と言って、月宮と地上の境界になるの。地上に降りたところに生えてる榊に締めると、今はまだ曖昧になっている境界が定められるわ。神が地上に降りるのも、地上の生き物が月宮に昇るのも、準備をしないと自分の体に異常が起こることがあるから門が必要なの」
 ミカゴの説明が終わるとイセが一つ頷く。
「うん、地上に降りるには準備が必要なんだ。神格を封じることになるから、地上では危険な目に遭うこともあるかもしれない。だから僕たちが地上に行こうかと思っていたんだけどね。でもまあ、さっき話したように統治するうえでは地上を見ておくことも大切だから、せっかくなら見てきてもらおうかと思ってね。どうする?」
 イセの提案に、シラスとキサイは顔を見合わせる。
「そうですね。私は見ておきたいと思いますが、キサイはどうですか?」
 シラスの問いにキサイは頷く。
「はい、私も地上へ行ってみたいです」
「私も補佐だからね、ついていくよ」
 シキも同意する。二柱の答えにシラスは軽く頷く。イセも満足そうな様子だ。
「ありがとう。それじゃあ、もう少し渡すものがあるから、庭に移動しよう」
 イセが立ち上がると全員がついていく。
「あ〜あ、私も地上に行ってみたかったな。ねぇ、私もついて行っていい?」
 ミカゴは期待を込めてイセを見つめる。
「遊びじゃないんだよ、ミカゴ。僕たちは気軽に地上へ降りるべきじゃない」
 少し困ったように嗜める。全員が庭に出ると、一艘の舟が置かれていた。
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