第三話 海と鏡の管理者

 ヤマク村を出発して人目につかないところまで離れたところで、ミヒルとイセイ、シキの三柱は隠舟かくれぶねを呼ぶ。三柱が乗り込むと、隠舟はひとりでに進み始めた。森を抜けて数日に渡って隠舟は進み続け、海岸に到着する。隠舟は海面に浮かぶと、沖へ向かってさらに一日進んだ。そこで隠舟は止まり、変形を始める。檸檬れもんの実を横にしたような紡錘形ぼうすいけいになり、正面と左右に一つずつ、水晶でできた窓が現れた。後ろにも出入口の扉が一つ現れる。
「どうしたんでしょうか。これから、どこに向かうのでしょう?」
 イセイは珍しげに窓の外をのぞく。
「隠舟は、状況に応じて姿を変えることができるんだよ。たぶん、もぐるんだろうね」
 シキは落ち着いている。
「潜る?」
 変形が終わると、隠舟は旋回を始める。旋回しながら、徐々に海中へ潜っていく。隠舟の窓から、魚や海藻を確認することができた。
「ミヒル様、見てください。とてもきれいですよ。」
「そうですね。光の帯が何筋も揺らめいていて、とても……なんでしょうね。幻想的な感じがします」
 隠舟は旋回しながら深度を深めていく。窓の外に見えていた風景は、深さを増すほどに明るさを落としていく。やがて夕方のような薄暗さから、完全な闇に落ちる。すると、ひとりでに隠舟の船体は発光を始めた。窓の外に、真っ白ななたのような形をした魚や、腹のふくれた海老のような生き物、小さな透き通った魚などがちらちらと映る。
 更に深く潜ると、いかつい顔をした大きな光る魚や、光る貝が現れた。そのあたりから、隠舟の船体からみしり、みしりと音が発せられるようになった。
「なんだか、船が押しつぶされてしまいそうな音がしていますね。大丈夫でしょうか」
 イセイは、不安げに船内を見回す。
「問題ないよ。隠舟は、自壊するようなところへ向かったりしないようにできているからね。それに、まだこの音は大きくなっていくよ」
 シキの言う通り、隠舟が深く潜るにつれ、船体から鳴り続ける不安を誘うきしみは大きくなった。窓の外には、小さな愛嬌のある顔をした白い魚や、紫色のナマコが現れる。そこで隠舟は潜航を終えた。ふいに、吸盤の並んだ銀色に光る腕が窓に映る。人の腕ほどの太さがあるその腕は数本広がっており、根本には大きな頭、それに目玉がある。人が二人縦に並んでもすっぽり入るくらいの長さのある大きな烏賊いかだ。きろり、と目玉が隠舟の窓を覗く。
”珍しいお客様が来ましたね。私はシモワタと申します。どのような御用があって、このようなところまで来られたのですか?”
 ミヒルとイセイ、シキの頭の中に声が響く。シモワタは穏やかに泰然と隠舟の周りを泳いでいる。
「私はシラスという。海の世界を見渡すための、千尋水鏡ちひろのみずかがみという鏡をこの海の底に設置するために、天から降りてきた。シモワタ、私の眷属となり、鏡の管理を任せたい。頼まれてくれるか?」
”それはそれは、光栄なことです。私でよろしければ、そのお役目お引き受けしましょう”
 シモワタは迷わない。あるがままを受け入れている。
「感謝する。では、私の血をお前に与える。受け取ると良い」
 隠舟正面の窓の下から、先端に針のついた細い筒がミヒルの目の前に伸びてくる。ミヒルが針先に指を触れ、数滴の血が筒の中へ流れていく。筒はまたもとに戻り、今度は船体の外に同じ筒が伸びていく。シモワタは、同じように腕の一本を針先に触れると、シモワタの身体は銀色から光る朱色に変じた。
 ついで、ミヒルはふところから千尋水鏡を取り出す。すると、さきほど筒が伸びてきた船壁の近くからちょうど鏡が納まる大きさの受け皿がぬるりと飛び出る。ミヒルはそこに鏡を納めると鏡は船外へ落とされ、海の底に突き立った。一瞬、鏡面が淡く光る。
「シモワタ、お前はこれで海と鏡の管理者となった。励むと良い」
”かしこまりました”
 こうして、ミヒルとイセイ、シキは神器とその管理者の選定を終え、地上での使命を果たした。

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