第四話 帰還

 ミヒルとイセイ、シキの三柱はシモワタと別れ、再び海面へと浮上した。
「地上での用事はすべて終わりました。タカハ様とワケノ様に挨拶をしてから、天に戻りましょう」
「ミヒル様、良いのですか?村にはタルケがいますよ」
 イセイがいたずらっぽく笑うと、ミヒルは困り顔に変わる。
「そうでした。私は後から行きますから、タルケを誰かに連れ出してもらえますか?」
「お任せください」
 三柱が村へ着くと、イセイは一柱で村長宅を訪れた。ひとしきりタルケにじゃれつかれてから、ナギにタルケを散歩に連れて行かせた。
「そうか、帰るか。これが最後になるかもしれんな」
 タカハは寂しそうに笑う。
「はい。天に比べれば、地上の時間は早く流れすぎます」
 統治神シラスは天神クハラの神産みの権能により生まれたので、厳密に言えば親子ではない。だが、ミヒルとタカハの表情はよく似ていた。
「そうだな。だが後悔はない。俺は人として生きていきたい。前にも言ったが、お前らも、好きに生きろ。代わりはいないが、作ることはできる」
 迷いのないタカハの表情を見ていると、ミヒルの中にその生き方への憧れが湧いてくる。
「いいこと言ってる風だけどな。仕事を途中で辞めただけだろ。私は地上が問題なく回り始めたから辞めたけど、お前の場合はちょっと無責任だぞ」
 ワケノがそう指摘するとタカハは真面目な顔になる。
「あの時やめてなきゃ、ヤマク村はなかったかもしれないし、いまナギは生まれてないだろ。それに、お前に早く会いたかっふんぐっ!」
 話の途中でワケノは思い切りタカハの腹を殴る。
「……わかってるよ」
 ぼそりとワケノはつぶやく。分かりづらいが珍しく照れていた。そんなやりとりをしているタカハとワケノを三柱は生暖かい目で眺めている。
「未来のことはわかりませんが、今はやるだけやってみます」
 ミヒルは最後の挨拶を口にした。
「ああ。がんばれよ」
 ミヒルたち三柱は、村を後にする。隠舟は、大榊森門おおさかきのもりのもんへ再びたどり着く。朱色の羽毛へ変じた雉鳩きじばとのクモリが出迎える。
「お気をつけてお帰りください」
 クモリは羽を広げる。
「クモリもな。門番の仕事は危険も多い。気をつけろよ」
「はい、お任せください」

 門を越え、三柱は天へと帰還した。隠舟は、イセの宮の裏へたどり着く。
「やあ、お帰り。無事に旅を終えられたかな?」
 三柱をイセが出迎える。
「残念ながら、完全に無事とはいかなかったのですが。そうですね、目的は果たしました」
 シラスの言葉にイセの目が細められる。
「へえ、神格を封じていたとはいえ、地上に神を脅かすものがあったのか。興味深いね」
「お兄様お兄様!ずるい!私だって旅のお話を聞きたいわ!」
 ばたばたとミカゴがミツハの腕を引きずりながら現れる。
「ごめんなさいお兄様。私ではミカゴを抑えられなくて」
「抑えるって何よ。私、何も悪いことはしてないわ!」
「ああ、うん。軽い食事でも用意しようか」
 イセは苦笑して、部屋を出る。
「お久しぶりです、ミツハ様、ミカゴ様。おかげさまでつと|めを果たすことができました」
 シラス、キサイ、シキの三柱がお辞儀する。
「久しぶり?全然時間なんて経ってないわよ」
 ミカゴがきょとんとする。
「え?ああ、そうですね。天と地では時間の流れが違うのでしたね。なかなか慣れませんね」
 苦笑するシラスの横でキサイがふらついてシラスの腕に寄りかかる。
「ごめんごめん。そういえば、君たちの神格を元に戻しておかないとね」
 イセはぱたぱたと部屋に戻る。少し遅れてイセの指示で果物を載せた皿を神人がテーブルまで運んできた。
「三柱とも、一緒に隠舟まで来て。すぐ終わるよ。あとの用意は、ミツハお願い」
 イセに連れられ、シラスとキサイ、シキは隠舟に乗り、四本の柱の中央に立つ。イセはシキにつきを、シラスには神酒を渡すと、シラスは神酒を坏に注ぐ。シキはそれを飲み干す。シラスは神酒をキサイに渡し、シキから坏を受け取る。キサイは神酒を坏に注ぎ、それをシラスが飲み干す。キサイは神酒をシキに渡し、シラスから坏を受け取る。シキは神酒を坏に注ぎ、それをキサイが飲み干す。イセはシキの背後に回り、首にかけられた勾玉の紐をほどく。いで、シラス、キサイの順に勾玉の紐を解く。
「お待たせ。少し気分が悪かったよね。ごめんね、気づくのが遅れて」
「いえ、地上から月宮へ移動したときに少し酔ったのだと思います」
 イセの謝罪にキサイは恐縮して答える。
「そうか、それなら良かったよ。じゃあ、戻ろう」
 四柱がイセの宮に戻ると、ミカゴが旅の話をせがむ。三柱はせがまれるまま、お互いの記憶を補いつつ話を聞かせた。

「とんでもないのが地上にはいるのね。その、穢れた狼の長?何回よみがえるのかしら。しぶといわね」
 身を乗り出してミカゴは話を聞いていた。
「そうだね。私も、シラスを助けたときは倒しきったと思ったんだけどね。地上に死の概念がなかったからかな。何度でも蘇るみたいだ」
 シキは難しい顔をしている。
「ホムラ様と死の世界を作りましたから、今はもうそのようなことはないのでしょうか?」
 キサイはシキに心配そうに尋ねる。
「うん。ウジ様も、それを予見されて私に御霊玄室みたまのくらきやを授けてくださったんだろうね。もう大丈夫だと思うよ」
 キサイの問いにシキは表情をやわらげる。
「そうそう、ホムラ様に会えたなんて、びっくりよね!なにしてるのかしら」
 ミカゴの感想に、シキは物憂ものうげに首をかしげる。
「……何をされているんだろうね。まあ、気の向くまま旅をしている、というところかな。どうだいキサイ。ホムラ様と一番長く過ごしていたけど、何を求めて地上にいるんだろう?」
 シキはキサイの方へ顔を向ける。
「そのような話はしませんでしたね。……ただ、なんにでも興味を持たれているようでした。おもしろがっているというか」
 キサイは微笑みほほえみながら、しみじみと言葉をつむぐ。
「ああ、そうだね。ホムラ様はそういう方だろうね」
 シキも薄く笑う。
「そうなの?ホムラ様って暇なのかしら」
 ミカゴの発言にシキは苦笑する。
「恐れ多いことを言うね。だけど、ホムラ様は原初の炎をつかさどる方だからね。世界が生まれてしまった今は、もうやることがないのは確かだね。あとは、もし世界が行き詰まったら滅ぼすくらいしか神としての仕事は残っていないね」
「やだ、滅ぼされたくはないわね」
「うん、ホムラ様もよほどのことがなければそんなことはしないと思うよ。話を聞く限り、世界を楽しんでるみたいだしね」

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