最終話 未来

「ウチナリ、ぼさっとしてないでお前も早く弓を構えな」
 ウチナリは狼に吠えられたくらいで萎縮いしゅくしたりしないが、タルケの咆哮ほうこうは別次元だった。タルケが吠えると同時に赤い毛並みが淡く光るのが見え、神獣というのは嘘ではなかったのだと驚いた。それにしても、問題なく動けているワケノとタカハも常人ではないと思いつつウチナリは弓を構えた。

 タルケはにおいから遠ざかりながら、臭いの元を探る。地面から強く臭いを感じるので、背の低い獣だろうかと考える。それなら見晴らしの良いところへ逃げたほうが良いだろう。死角から刺されて狂い人に変えられたり殺されてしまうのが、予想できる最悪の事態だ。腐った臭いが迫ってきている。通常の獣よりも威圧のきが悪い。
「二人とも、僕の後ろに隠れて」
 川近くの岩場に辿り着き、視界が開けたのでタルケは反転して止まる。ヤネリとナギはタルケを追い越して振り向いた。臭いが近づく。現れたのは、十数匹のまむしだった。一見するとただの蝮だが、よく見ると尾がなかったり、噛みつかれて欠損し骨が見えたりしているものが混じっている。
「ウォォォォ!!」
 タルケはもう一度威嚇いかくすると、蝮たちはびくりとして動きを止める。タルケは素早く近づき、爪で数匹の蝮をまとめて斬り裂く。どこからか矢が飛んできて蝮を地面に縫い止めた。ワケノたちが援護してくれているのだろう。
 タルケがナギたちのもとへ後退すると、残った蝮たちは一斉いっせいにタルケたちのもとへ殺到した。さばききれない。爪の間合いに入った蝮たちを切り裂きつつ、タルケはもう一度叫ぼうと息を吸う。
「来ちゃだめぇ!」
 タルケよりも先にナギが叫ぶと、薄くて白く透けた膜のようなものが半球状に広がりナギとヤネリとタルケを覆った。タルケたちのもとへ追いついていたタカハも数匹の蝮を斬り裂いていた。それでも仕留めきれていなかった蝮は薄い膜に当たり、膜の表面に沿って滑り落ちていく。
 蝮は膜を越えようとするが、通り抜けることができない。ヤネリは短剣を抜き、地面に落ちてまごついている蝮を刺していく。いま自分にできることを一生懸命やる。それが現状を打開する助けになる。
 残りの蝮はタルケとタカハが斬り裂いた。死体が動いている可能性があるので、念入りにとどめを刺す。体の欠損が見られるものが多いので、その可能性は高いだろう。やがて薄い膜はさらに薄くなって消えた。ナギは肩で息をしている。
「ナギ、お前がやったのか?」
 タカハの言葉は疑問というより確認の意味合いが強い。
「な、なんか出た」
 ナギもそこまで驚いている風でもなかった。これが初めてではないのかもしれない。
「そうか、なんか出たか」
「なっちゃんすごいね」
 ヤネリは純粋に驚いている。
「うふふ。……もう歩けない」
 照れながらもナギはふらふらだった。タカハがナギを抱っこする。
「よし、今日はこれで帰ろう」
 ワケノとウチナリも合流し、一行は山を降りていく。
「ナギは俺たちの子だからかな。普通じゃなかったみたいだな」
 これから先、どんな風に村の中で生活するのがよいか思案する。
「心配してもしょうがないだろ。ヤマク村で育てば問題ない。ヤネリもいるしな」
 ワケノは楽観的だった。もし問題が起きたら、その時に対策しても遅くはないだろうと考えていた。不思議と言えば、タルケもすでに不思議な生き物だった。
「そうだな。もうすこしがんばるか」
「それにしても、妙な獣が増えてきたな。警戒を強めていかないと」
 優先的に対策すべきなのはそちらの方だろう。
「ああ。タオツキにも協力を求めてみるか。妙な獣には耐性があるだろうしな」
 タオツキが変質した原因と獣がおかしくなった原因は同じだろうという勘が働いていた。

 帰りぎわ、タオツキたち狂い人の暮らす集落へ寄った。その頃には、そこで暮らす狂い人たちは皆すでに意識を取り戻していた。例外なく狂い人になる前より力が増しており、人とは違う何かになったと思われた。ワケノとタカハが変質した蝮についてタオツキへ伝える。
「なるほど。俺も狩りをしていて、おかしな猪とか鹿とかを見かけることがありました。あの獣たちの中に流れているのは、俺の血と同じものかもしれません……そろそろ、いい機会かもしれませんね」
 全ての狂い人たちが意識を取り戻してから、タオツキにはずっと考えていたことがあった。
「なにがだ?」
 ワケノはタオツキの中に真剣味を感じる。
「俺たち狂い人は、普通の人とは違うものになりました。村人が俺たちを見る目に、少しの恐怖が混じっているのを感じていたんです。だから、ここより少し山の奥の方へ移住しようかと考えていました」
 ヤマク村の村人全てに恐れられているわけではないし、常にそう感じていたわけでもない。だが、普通の人が出せない力を出したときなどは特に、恐れられていると感じることがあった。同じ集落に暮らす狂い人たちからも、そういった話を聞いている。
「そうだったのか」
「ええ。もちろん、交流は続けていきたいと思います。狂い人たちの家族がヤマク村には住んでいますから。贖罪しょくざいも続けていきたいですしね」
「うん。でもタオツキ。贖罪のことはもう十分だ。お前の意思でやったことではないんだろう」
 操られていたタオツキが贖罪をするというのも何か違うのではないかとワケノは感じていた。だが、家族を狂い人に変えられた村人たちがそれでは納得しない。だから今まではタオツキの好意に甘えていた。
「……それでも、俺自身のために続けたいんです。贖罪を続けることで、また狂わずにいられるんじゃないかって思うので」
「そうか。ありがとう」
 タオツキの思いがいずれ村人たちに伝わる日が来るといい。そう願わずにはいられなかった。狂い人たちを受け入れられる村になるなら、未来に希望を持てそうな気がした。

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